この症例を必ず役立てて・・・
2008.02.14 Thu
‘99年 杉並区 のどに割り箸が突き刺さり病院に運ばれた当時4歳の男児が翌日死亡した事故両親が「 十分な診察を怠った 」 と主張して 病院を開設する学校法人と担当医に 8960万円の賠償を求めた訴訟で 東京地裁は担当医の過失を否定 両親の主張を退けた ニュース
それぞれの主張と判断の内容は他に譲るとして
このど素人は やっぱり なんでも訴訟の風潮が気に入らん!
盆踊りで綿菓子を食べ その割り箸をくわえたまま転んでしまった不慮の事故 目配りが行き届かなかった親の保護責任に関しては この際言わないでおくが
医療過誤事件の立証が難しそうなのも なんとなくわかる気もするし
医術というのは本来 先人たちが数多くの医療ミスを繰り返し その貴重な経験を糧にして技術も心構えも 積み重ね発展させて来たといってもいい過ぎではないのだろうと思うんだな
で それはある意味 今でも変らないはず 誰にでもはじめての症例があり 技術や知識の限界があり 人である限りミスだってある 医療水準の限界だってある
「 運命だったとあきらめろ 」 なんて軽率にはいえないことは解っちゃいるが
両親の 「 どうして息子が死んだのか ただ知りたいだけ 」 という言葉と
『 8960万円の賠償を求めて訴訟 』 という行為が ど〜にも結びつかないとゆーか
気持ちが悪いんだな
どーしても訴えたいとゆーなら 『 この症例を 次に同じような事が起こったとき その命を救うために必ず役立ててくれる事を約束することを求める訴訟 』 がいーだろう それなら医師も病院も必ず真摯に認めることだろーよ
そーすれば この4歳男児の死は無駄ではなかったどころか おおいに価値あることだったってことになる
不可抗力と考えたり運命と思って潔く諦めるってことも大切なんじゃないかな
『 ゴッドハンド 』 と呼ばれるような名医がいるが 誰もが診てもらえて手術してもらえる訳ではない 体も時間も足りないという
いくら最良の医療行為を受けたいと思っても それがかなわずに死んでいく患者は大勢いる そんな時に 「 最善の治療を怠った 」 と訴訟を起こす人はいないだろー
救急患者の受け入れ拒否も社会問題にまでなっているが これだって 情報不足で難しい患者を受け入れて もしもの事があると そく訴訟 損害賠償なんてことになる昨今の風潮が引き起こしているんじゃないだろーか
“ さわらぬ神に・・・ ” の医療機関や医師の姿勢を 責めることができるだろーか・・・・・
ど〜思う?

