非常時の医師の・・・・・

2007.07.24 Tue

新潟県中越沖地震で 刈羽村の倒壊した家屋から瀕死の状態で救出されながら 約1時間にわたって受け入れ病院が見つからず たらい回しの末 死亡していた というニュース

住民が救急車を要請したが 村に常駐する救急車がなく 消防団の消防車が先導し 軽トラックで搬送した
道路は隆起し 亀裂があり 思うように進めない
刈羽郡総合病院(柏崎市)に向ったが 「医師が足りない 受け入れられない」 の無線連絡
長岡赤十字病院(長岡市)に向かおうとしたが 「いっぱいでだめ」
反対側からきた救急車を呼びとめ事情を説明し すでに乗っていた負傷者と乗せ換えてもらい 柏崎総合病院に搬送したが 間もなく死亡した

被災地の病院には他県から応援の医師が多数駆けつけたが それでも対応は間に合わず 救急車も不足 道路網も寸断という悪条件が重なった

受け入れを断った 刈羽群総合病院 長岡赤十字病院もともに 病床数も医師の確保状態も良好で それに他県からの応援医師も加わって対応していたが 負傷者の数が多すぎて対応に限界があり パンク状態だった という

大規模な災害とはこういうものか 道路の寸断などあればなおのこと この教訓を後に生かした救助システムを構築するのは勿論だが

ここで このど素人が気にしたいのは この非常事態における病院・医師たちの心情と取り巻く世相

一人でも多くの人たちを救いたい の思いに 例外はなかろうと思う
他県から数多くの応援医師たちが いち早く被災地に入り対応していたことからも 明らかだろう

この重傷者についても 『 もう選択の余地がない状況ならば たとえベッドがなくても 完璧な処置はできなくても でき得る限りの処置を施せば 助ける事ができたかもしれない 』 という思いは おそらくあると思うんだな

病院も医師も それでも 断らざるを得なかったのは 完璧な処置ができないという一点からなんだろうな

今は 何でも責任追及 何でも人権 何でも訴訟 の時代である
何かがあると 即責任を追及され 訴訟を起こされ 賠償問題になり たたかれる
危うきに近寄らず となっても無理からぬこと


患者もその家族も 非常時には特に 他の重傷者と譲り合って 『完璧ではなくてもいい できる限りの処置を それでダメならしょうがない』 という “ 潔さ ” が必要なのだろう 勿論 医師の誠心誠意は前提であるが

“ そういう社会だったなら ” きっとどこかの医師がいち早く受け入れ 完璧ではなくともできる限りの手を尽くし 一命を取り留めることができたかもしれないな


どー思う?
  1. 2007/07/24(火) 18:25:29|
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