鉄舟の武士道
2007.03.14 Wed
山岡鉄舟に夢中である今日は谷中 全生庵 まで 散歩の足を伸ばし

念願の 山岡鉄舟居士の墓参 を果たすことができた

武士道をあれこれ読み漁り あくまで個人的にだが
武士道には大まか 3種あるように思う
一つは おなじみ新渡戸稲造の “近代(明治)武士道”
もう一つは 山本常朝の『葉隠』 に代表される “戦国武士道”
そして今ひとつ 山岡鉄舟の武士道である。
これはちょうど幕末から明治維新にかけ 国内の変革と開国による世界との関わりに於いて
日本国が自主独立して世界と渡り合っていくにはどーすべきかを熟考し
己の主君は “日本国の未来” を 貫き通して見せた男の武士道であると解釈している。
晴れてよし曇りてもよし富士の山
もとの姿は変らざりけり
もともと徳川慶喜に仕え 世の流れを受け入れ 主君の無事退隠に奔走し
維新後は明治政府に請われて明治天皇に仕えた 当然 非難はあった。
その時の心情を詠ったものだ。
しかも 鉄舟は 明治を13年も過ぎた 45歳にして 剣の道に開眼し 一刀流正伝をつぎ 無刀流を開くのである。
根っからのサムライだったのだ。
このど素人が鉄舟に惹かれてやまないのは 廃刀が布かれて久しい時世にもかかわらず 剣・禅の道を追求せずにはいられなかった サムライ魂。
我が主君は “日本国の未来” その主君の為なら一命をも顧みず の誠心誠意の武士道精神。
目先の事にとらわれず 純粋に日本の未来のためにその武士道精神を貫き通した事である。
それに比べ現代の政に携わる政治家ども
いわゆるグローバルなこの時代に 真の意味で自主独立し 世界と渡りあわねばならないと言うのに・・・チマチマと私利私慾を貪っている場合ではあるまい
我が主君は日本の未来 否 地球の未来 その為なら命も・・・・・
なんて精神は望むべくもないのだろうか。
この惨状を 鉄舟なら どー乗り切るのだろう・・・・・・・
などと 考えてみる・・・・・
どー思う?

