山岡鉄舟の憂い
2007.02.06 Tue
『 山岡鉄舟の武士道 』 勝部真長 編現代社会の混迷と武士道 より
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聞くところ、見るところ、近ごろは紳士という流行語のつくものどもを見るに、滔々(とうとう)として天下、私利私慾をたくましくし、邪道天地に満々としている。
あるいは学生・子どもが父母、師長をあなどって、上下ともに人倫のなんたるかを顧みないものが充満しているように見受けられる。
上にあっては地位や報酬をむさぼり、汚職・収賄を平気でやり、下にあっては人目をだまして、私利をほしいままにするものの多い状態である。
今日の役人どものごときは、給わる月給をいただくというよりは、月給泥棒ではあるまいか。彼等が大臣の椅子をほしがるのは、その要路にあって国家のために身命を投げ捨てて、至誠奉公するというのではなく、名利情慾が目的ではあるまいか。
このように拙者が論じたならば、多くの人は心身に釘を刺されるようであろう。
また学生・子どもが父母・師長をばかにするようなこと、あるいは、教理の深く、仏教のごときもの、由来の広遠な武士道のごときものに向かって、かれこれ非難するようでは、食わずして味わいを評し、行かずして門戸を形容するようなものではなかろうか。
少しは猛省してもらいたいものだ。
・・・・・・後略・・・・・・・・・・・・・・
山岡鉄舟 51歳 明治20年頃の社会を 憤っての言葉である。
厳格でバカ正直に 生涯 “ 武士道 ” を貫き 53歳胃ガン?で往生。
明治も22,3年を過ぎた頃だというのに 師匠山岡鉄舟 の後を追って殉死の恐れがあるとして警察に保護される者もいたり 追腹を切ろうとしているのを発見されて止められる者がいたり 遂には墓前で腹を切った者がでるなど いかに鉄舟が “武士道” を貫いて生きたか そして同じ “武士道精神”を持つ門人たちに慕われていたかがうかがい知れる。
しかしこんな連中はもう稀有な存在で ちまたでは西洋の文化・道徳に毒されて堕落しきっている 様子がうかがえる。
先日書いた 『勝海舟の憂い』 が この10年ほど後の言葉であることを考えても 当時の社会・
教育の荒廃は相当のものだったのだろう。
それから110年を経た現在の状況はというと 鉄舟や海舟が嘆き憤った社会と まったく同じではないのか。いや今の政治家・役人どもは だれに論じられようとも 痛みなんぞ感じやしない 厚顔無恥に成り下がっているから始末が悪い。
間に忌まわしい戦争の歴史が横たわっていることを思うと 薄ら寒いものを感じてしまう。
そんな歴史が よもや繰り返されるようなことはあるまいが。
この危機を救うのは やっぱり 歴史をぐっと遡って 『 武士道精神 』 よ。
どー思う?

