勝海舟の憂い
2007.01.25 Thu
勝部真長 編 『山岡鉄舟の武士道』の中に 勝海舟が教育者としての福沢諭吉を評した言葉が ある。
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物の幽玄な真理の世態のと、考えもなにもなく、なんでもかでも口から出ほうだいに小理屈にまかせて、国民を動揺させることがはなはだしいではないか。
世人は教育家と営業家を混視しては困るよ。このようなことに放念しては、ここ二、三十年ののちには、ずいぶん世界が妙になるから、教育家は十分注意してもらいたい。
いったい生類特に人類のごときものは、悪い道や自由の観念は教えなくとも、否、制御してもなお覚えたがるものよ。
また、人を教育するのに権利の方向から小理屈ばかりいいならわせてどうするのだ。このようでなくてさえ、義務などとてわが身に不便利なものは、教えてさえも知らん顔をしたがるものよ。
故に教育家というものは、すべて義務から先に教えて、人間の土台が建ちあがってから、あとはいわずとも土台の上に家の建つことは察しのつくものだ。
故に義務ということが十分に承知できれば、権利ということは義務と連絡しているから自然に悟られるものである。
見よ、今日の教育が理屈から急ぐものだから、人心の腐敗はどうだよ。
男子が第一悪いが、また女子が男子をやっつけようという意気ごみではないか。女子がうでを打ちふって、路をけり回して高歩することが見え出したではないか。
ずいぶん妙な世の中になる。注意したまえ。
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勝海舟 76歳 明治31年の頃の言葉である
その当時の教育の荒廃 社会の風俗が見えてくるようである
奔放で頑固な長老が吾無き先の世を憂いていたのだろう
勝海舟 77歳で没している。
そして 現代の 教育の状況は・・・・・
人心の腐敗は・・・・・・・・

