“ 追腹(おいばら) ”
2006.12.22 Fri
まったく 武士ってやつは 純粋と言うか 単純と言うか戦場に出ては 主君のために命をかけ 討死も名誉と考える。
主君に対する忠義の為なら 命もいらぬ と。
主君が死んだ時 従臣が後を追って腹を切る ”追腹 ”という行為があった。
この 『殉死』 は忠義の表れとしてしごく名誉の事とされていた。
明治天皇崩御の際の 乃木大将夫妻 の 殉死 はよく知られるところ。
中には 主君の病気の回復が思わしくないので 家臣が病気の回復を願い主君に先立って “追腹” をしようと言う者まで現れる。こうなると もう願掛けの世界。
どちらにしろ このあたりまでは従臣の主君に対する忠義の一心。
ところが これがだんだん流行のようになってくる。
しかも この “追腹” に格付けまでされるようになる。
『義腹』・・純粋に 主君に対する義による切腹
『論腹』・・立場上やらねばならない追腹
だれそれが追腹をするのなら自分もという切腹
『商腹』・・子孫 お家を引き立ててもらおうと言う計算づくの追腹
とまあ こんな調子である。
そのうちに 大名たちは この 『殉死』 を競い合うようになる。
事前に “追腹” する家臣の名簿まで作るようになると言うから
これはもう切腹の大安売り。
当の家臣たちは大真面目なんだから 滑稽というか 哀しいと言うか。
さすがに これでは 新主君に仕える有能な家臣たちまで失ってしまう ということもあって 心ある大名たちが “追腹禁止” を唱えだし 遂には全面的に禁止となる。
今まで 武士としての義とか名誉とか つっぱらかっていたものの いざ “追腹禁止” となると 内心はホッとするはずも そこは武士の見栄っ張り。
なかなか 「やめる」 とは言い出せない。
中で 勇気のあるものが 「禁止の沙汰あっては しようがない」 と言い出すと
それで みんな またホッとする。
そんな様子を 思い浮かべると 思わず笑ってしまうが。
この “追腹禁止” は あっという間に徹底されたと言うから もともと理のあるものではなかったのだろう。
しかも いざ禁止となると 各藩は 「我が藩が最初に “追腹禁止” を打ち出した」 と 競うように自慢し出すというから またまた笑ってしまう。
戦場で主君を守りきれなかったとき 「お供をする」 が発端とすれば 平安の世にはもともと必要ではないのだろう。
このど素人 『武士道』 に夢中だが さすがに この “追腹の精神” は 最初の動機がどうであれ 今の世には無用のものだろうと思う。
武士の純粋さ 不器用さ 哀しさ と心に留めておくだけにしたい。
未来の平和 繁栄 教育のために役に立たないものには 今は 用は無い。

