「 金 」

2006.12.20 Wed

武士道を読みあさっていて
夏目漱石の小説の一部を抜粋して載せているものがあった。
実に興味深い文章。
早速 夏目漱石のそれを読んでみる。
思った通り 終始ニヤニヤさせられる。
今の荒んだ 道徳観念に ジャブ を見舞うかのような 短編。
ご存知の方も多かろうが このど素人 いたくカンドーさせられたもので
少々長いが ぜひ全文を紹介させてもらいたい。

夏目漱石 著
『永日小品』 の中の短編 
「金」

激烈な三面記事を、写真版にして引き伸ばしたような小説を、のべつに五、六冊読んだら、まったく厭になった。飯を食っていても、生活難が飯といっしょに胃の腑まで押し寄せてきそうでならない。腹が張れば、腹が切歯詰まって、いかにも苦しい。そこで帽子を被って空谷子(くうこくし)の所へ行った。この空谷子というのは、こういう時に、話をするのに都合よくでき上がった、哲学者みたような占い者みたような、妙な男である。無辺際の空間には、地球より大きな火事が所々にあって、その火事の報知が吾々の目に伝わるには、百年もかかるんだからなあと言って、神田の火事を馬鹿にした男である。もっとも神田の火事で空谷子の家が焼けなかったのはたしかな事実である。

 空谷子は小さな角火鉢に倚れて、真鍮の火箸で灰の上へ、しきりに何か書いていた。どうだね、相変わらず考え込んでるじゃないかと言うと、さも面倒くさそうな顔付をして、うん今金の事を少し考えているところだと答えた。せっかく空谷子の所へ来て、また金の話しなぞを聞かされては堪らないから、黙ってしまった。すると空谷子が、さも大発見でもしたように、こう言った。
 「金は魔物だね」
 空谷子の警句としてははなはだ陳腐だと思ったから、そうさね、と言ったぎり相手にならずにいた。空谷子は火鉢の灰の中に大きな丸を描いて、君ここに金があるとするぜ、と丸の真ん中を突ッついた。
 「これがなんにでも変化する。衣服にもなれば、食い物にもなる。電車にもなれば宿屋にもなる」
 「下らんな。知れきってるじゃないか」
 「いや、知れきっていない。この丸がね」とまた大きな丸を描いた。
 「この丸が善人にもなれば悪人にもなる。極楽へも行く、地獄へも行く。あまり融通が利きすぎるよ。まだ文明が進まないから困る。もう少し人類が発達すると、金の融通に制限を付けるようになるのは分かりきっているんだがな」
 「どうして」
 「どうしても好いが、・・・たとえば金を五色に分けて、赤い金、青い金、白い金などとしても好かろう」
 「そうして、どうするんだ」
 「どうするって。赤い金は赤い区域内だけで通用するようにする。白い金は白い区域内だけで使うことにする。もし領分外へ出ると、瓦の破片同様まるで幅が利かないようにして、融通の制限を付けるのさ」

 もし空谷子が初対面の人で、初対面の最先からこんな話をしかけたら、自分は空谷子をもって、あるいは脳の組織に異常のある論客と認めたかもしれない。しかし空谷子は地球より大きな火事を想像する男だから、安心してその訳を聞いてみた。空谷子の答えはこうであった。

 「金はある部分から見ると、労力の記号だろう。ところがその労力が決して同種類のものじゃないから、同じ金で代表さして、彼是相通ずると、たいへんな間違いになる。例えば僕がここで一万噸の石炭を掘ったとするぜ。その労力は機械的の労力にすぎないんだから、これを金に代えたにしたところが、その金は同種類の機械的の労力と交換する資格があるだけじゃないか。しかるにひとたびこの機械的の労力が金に変形するやいなや、急に大自在の神通力を得て、道徳的の労力とどんどん引き換えになる。そうして、勝ってしだいに精神界が攪乱されてしまう。不都合極まる魔物じゃないか。だから色分けにして、少しその分を知らしめなくっちゃ不可んよ」

 自分は色分け説に賛成した。それからしばらくして、空谷子に尋ねてみた。
 「機械的の労力で道徳的の労力を買収するのも悪かろうが、買収されるほうも好かあないんだろう」
 「そうさな。今のような善知善能の金を見ると、神も人間に降参するんだから仕方がないかな。現代の神は野蛮だからな」
 自分は空谷子と、こんな金にならない話をして帰った。               ・・・終・・・


どーだろう
今どきの “金崇拝社会” がもたらす “道徳観の崩壊” を見すかしていたのだろう。
なーんか ヒントになりそーな
あれこれ 考えさせられ しかも 痛快である。

夏目漱石の “眼力 感性” には今更ながら恐れ入る。
  1. 2006/12/20(水) 00:09:44|
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